自殺報道が人々に与える影響については繰り返し検証され,報道のガイドラインが各国策定されています。最近の日本の報道を見てもわかるように,そのガイドラインは守られていません。それは日本だけではなく,各国共通して守られていない状態です。
報道機関にはWHOが定めたから,各国の自殺予防団体が定めたから守らなくてはいけないではなく,アカデミアが繰り返し検証を重ねた研究結果から,なぜそのガイドラインが策定されたのか,なぜ守ることが報道機関にとって望ましいのかを理解し公共の利に資する報道を行っていただくことを切に願うばかりです。そして私たちは故人の冥福を祈るとともに,報道とは距離をおくべきである理由を下記に述べていこうと思います。
そもそも自殺報道ガイドラインは,①さらなる自殺を防ぐため,②遺族への苦痛を最小限におさえる遺族保護の2つの目的で策定されました。また,このガイドラインを守ることにより,パパゲーノ効果つまり自殺予防につながる可能性を持ち,報道機関・一般市民にとって有益なものとなりうることが期待されています。
それにもかかわらず,直近の報道はガイドラインを守らず,人々に苦痛をあたえるウェルテル効果として報道の役割を担っています。最近俳優が亡くなられたニュースに関して,各報道機関がどのように報道したのかについては,水島の記事に詳細がまとめられています。
自殺報道に関する文献を読む限り,報道機関がガイドラインを守らないことの要因のいくつかに,策定にあたって自分たちが関与していないことや科学的な研究結果について知らないからという理由があります。そこで,報道に関わる人のみならず,広くみなさんにも自殺報道が与える影響について知っていただき,報道に関して意見をしていただきたいと思います。
Ⅰ自殺報道とその後の自殺行動の関連について
Ⅱ自殺報道の記事内容と有害性・保護性
Ⅲ介入研究によるメディア報道の影響の検討
Ⅳ遺族への影響
Ⅰ自殺報道とその後の自殺行動の関連について
さて,自殺とメディアの影響については,遡ること18世紀末「若きウェルテルの悩み」が出版された際に,読者が主人公と同じ服装・手法で自殺をする事件が相ついだことがあげられる。自殺と報道についての仮説は現在大きく4つある。模倣仮説(Philips,1974),社会的学習理論(江川,1984),プライミング効果 (Berkowitz&Rogers,1986),検死官の自殺判定への影響がある。最も研究が行われている模倣仮説について,詳しく先行研究を紹介する。
社会学者Philips (1974; 197;1979;1980;1986)は,①報道後ある程度の期聞が経って自殺の増加現象が起こる,②増加は一時的なものである(数日程度),③報道量が多いほど増加の幅が大きい,④報道に登場した人物に近い属性の人々に大きな効果が見られることを発見し,この現象をウェルテル効果と名付けた。
Stack(2000)が行った1974-96年に公表された 42の論文を対象としたメタ分析でも,タレントや有名政治家などの自殺が報道された場合は,それ以外の人の自殺が報道された場合に比べて 14.32倍の模倣自殺の危険性があること,報道が現実の自殺を扱った場合はフィクションの自殺を扱った場合に比べて 4.03倍の危険性があることが示されている。
本邦においては,石井(1988)が1956〜1984年に朝日・毎日両新聞の自殺記事と全国の自殺者数の月次統計データを用いて,自殺報道が自殺行動に及ぼす影響を調べた。その結果,有名人の自殺に関する新聞記事が掲載された月,及びその翌月,翌々月において有意な自殺者数の増加が見られた。また,自殺記事と自殺行動との因果の方向性を継時的に調べた結果,自 殺記事から自殺行動への因果関係を強く示唆していた。
未成年への影響については,吉田ら(1989)は,北海道において自殺報道の影響を検討した。1982〜1986年の調査対象期間中に2件のタレントの自殺事件が報道されたが,これらの報道は約2週 間にわたって連日のように放映され,その間に自殺も相次いだ。タレントの自殺に関するテレビや新聞の報道は,未成年の自殺を誘発している可能性が示唆されたが, タレント以外の一般人の自殺の報道については, 報道後の自殺の増加は認められなかった。
また,藤井・栗栖(1990)では,アイドル歌手自殺後の後追い自殺やいじめ自殺報道によって 特異的な変動をした1986年のデータを除外して 検討し,アイドルの自殺のような大きな影響があるものでなくても自殺報道がその後の自殺を引き起こす可能性があることが示唆された。
また,末木(2011)では,2004〜2009年に警察庁及び厚生労働省から公表されている自殺に関する統計データと,Googleドメインにおげる自殺関連語の検索状況の相関を分析し,「疲れた」「自殺の方法」「うつ」といった自殺関連語の検索ボリュームが全国の月別の自殺者数と有意な相闘を持つこと,特に女性の自殺者数との関連が強いことが示唆された。さらに,都道府県別の自殺率と「自殺」や「うつ」といった自殺関連語の検索ボリュームが関連を持つこと, 30代以上の自殺率が「自殺」や「うつ」といった自殺関連語の検索ボリュームと関連を持つことが示された。
模倣仮説は,あるというものとないというものと両方あり,決定的な証拠はまだありませんが,Stackのメタ分析の結果をうけておおよそあると考えられています。
Ⅱ自殺報道の記事内容と有害性・保護性
つづいて,自殺報道の記事内容の何が自殺行動と関連するのかについての研究はまだ少ないですが,国内外の先行研究の知見を紹介します。まず,国内の研究では,坂本ら(2008)の実験的研究がある。これは自殺を報じた仮の新聞記事を作成し,その中に自殺に抑止的に働くと考えられる情報を記載し,実験参加者である大学生8名に記事を提示して自殺抑止の可能性を検討した。分析の結果,心理的相談やうつ病の情報が記載されている記事は自殺抑止的であり,自殺の手段や動機,合理化が記載されている記事は自殺促進的であると評価された。
これに対し,Siner et al(2018)は,2011年~2014年にトロントのメディア市場における13の主要な出版物における自殺に関するメディア報道の有害な要素と保護的な要素との間の関連を調べた。自殺が主な焦点となっている6367件の記事と947件の自殺死亡があった。
自殺の増加と関連していた記事内容は,オッズ比で自殺の必然性についての記述1.97倍,自動車の排気ガス以外の方法による窒息についての記述1.72倍,建物からの飛び降り自殺について1.70倍,心中の約束について1.63倍,自殺方法を含む見出しについて1.41倍,自殺行為1.63倍,銃器自殺1.28倍,または高齢者1.25倍,見出しに自殺方法を含むもの1.41倍または死者を有名人として特定するもの1.27倍であった。
自殺者の減少と関連していた要素は,好ましくない特徴(故人に対する否定的な判断)0.54倍,鉄道の死亡に関する言及0.62倍,切断・刺傷の死亡に関する言及0.63倍,個人的な無理心中0.67倍,公共政策0.84倍,青少年0.85倍となった。
メディア報道のいくつかの特定の要素と自殺死との間に有意な関連があることが明らかになった。この研究は,自殺に関する報道が自殺死に意味のある影響を与えうることを示唆しており,ジャーナリストや報道機関・組織は,出版前に報道の具体的な内容を慎重に検討すべきであることを示唆しているとSinerらは述べています。しかし,記事中に保護的な要素を持つことで,有害な要素の影響が減るかなどの因果関係までは検討していないので,実際に運用する場合には要注意です。もちろん,カナダの結果であることも文化差を考慮しなければなりません。
Ⅲ介入研究によるメディア報道の影響の検討
次に,介入研究によるメディア報道の影響について1つ研究を紹介する。
自殺の多発していたウィーンの地下鉄に関する自殺報道に対してオーストリア自殺予防学会が実施した介入である。この介入においては,①具体的・詳細な自殺方法,自殺の美化,原因の単純化が含まれる場合,報道が模倣自殺のトリガーとなる可能性を高める,②自殺以外のより多くの選択肢が示される,自殺の危機を乗り越える可能性やその実例が示される,自殺全般に関する客観的情報・知識が読者に示される場合に,報道が模倣自殺のトリガーとなる可能性は低くなる,③報道が一面でなされる,「自殺」という用語が見出しに利用される,自殺者の写真が掲載されるといった際に報道への注目が高まる,という仮説のもとでメディア報道への介入 が 行 わ れ た (Etzersdorfer,Sonneck& Nagel-Kues,1998)。介入の実践結果を見るために8ヵ月間の新聞・雑誌報 道を分析した研究 (Michel, et al,2000) では,自殺の記事数自体は増加したものの,記事は有意に短くなり内容も美化されることがなくなり,一面に載りにくくなったことが示唆され,地下鉄での自殺者は減少した。
Ⅳ遺族への影響
ここまでは,広く一般に自殺の報道が与える影響について中心に紹介してきた。次は,自殺報道ガイドラインのもう一つの目的,遺族保護の視点から遺族に自殺の報道が与える影響について最新の研究知見を紹介する。
一般に,自殺により最愛の人をなくした場合,罪悪感,羞恥心,責任感,拒絶感,スティグマ化などの感情を遺族は感じ,否定的な身体的・精神的障害と関連した複雑な悲しみを発症し,自殺行為のリスクが高くなる。(遺族とは,家族だけでなく,友人や関わっていた人を含む。)そのため遺族保護の視点はとても重要です。
Gregory et al(2020)は,2010年にイギリスの高等教育機関37校の18~40歳の職員と学生を対象に,親しい人の自殺による死別を経験した成人を対象とした自殺後の報道についての経験を問う横断的調査を実施した。
3つの主要なテーマ,①遺族のプライバシーや希望を尊重することの重要性,②故人の尊厳③自殺予防のメッセージを促進する上での報道機関の役割が見いだされた。多くの回答者が報道機関に対する否定的な経験を述べており,サブテーマでは,ジャーナリストの押し付けがましい行動,遺族と適切に協議しなかったこと,ジャーナリストが個人情報を公開したこと,故人を否定的に表現したこと,故人や遺族の匿名性を侵害したことに関する苦しい経験を捉えていた。このことから,ジャーナリストは,潜在的に苦痛を与える影響や遺族の好みのニュアンスについての認識を高める必要があることが示唆された。
以上のように,自殺報道の有害性は明白であり,報道機関によるガイドラインの遵守がすすむことを祈っている。そして,報道機関の意識が高まらないうちは,自らの心,子どもの心,身近な大切な人の心を守るためにも,自殺報道とは距離をおく努力をすることをおすすめする。
あらためて,報道と距離をとれずに苦しくなってしまった人向けに,喪失体験とそのケアについて情報を提供いたします。
*現在は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大と、絶え間なく続く健康問題に関する不安を日々抱えている状態であるため、特に注意が必要です。日本自殺予防学会が、新型コロナウイルス感染症の拡大期間むけのガイドラインを発表しておりますので、そちらもご参照ください。
引用文献
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