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PhD(博士課程後期)学生のメンタルヘルス〜世界メンタルヘルスデー

今日10月10日は世界メンタルヘルスデーです。

昔のお話になりますが、8月に東北大学学際科学フロンティア研究所にて行われました全領域合同研究交流会 特別企画「第9回 FRIS/DIARE Joint Workshop」にて、学際高等研究教育院(DIARE)のアルムナイとして「博士号取得後のキャリア」についてお話してきました。


私は博士号取得後、現時点では高度専門職業人として、民間にて仕事を続けているため、通常アカデミアに残るためにヒリヒリした博士課程を過ごしている学生たちとは違います。おまけに、社会人学生だったので、全然プレッシャーも異なり…、さらに半理系……

どんな話しをしようかなぁと思いましたが、博士課程学生のメンタルヘルスとキャリア選択に焦点をあてお話しました。


ところで、10月1日のNature Briefingで配信された博士課程学生のメンタルヘルスについての研究があります。もともと、博士課程の学生のメンタルヘルスは問題視されていました。私もかなり辛い時期があり不眠症にもなりましたので、実感を伴ってこの記事を読みました。


記事では「2006年から17年にかけてのスウェーデンの行政記録を用いて、2万人以上の博士課程の学生をプログラム開始前と開始後に追跡した調査により、博士課程での研究が精神衛生に甚大な影響を及ぼすことが明らかにした。 この調査は、学術界におけるメンタルヘルスの危機についての議論に確かなデータを加えるものである。 研究や逸話的証拠から、博士課程の学生が、残酷な競争の中で論文を発表し、資金や仕事を見つけなければならないという大きなプレッシャーを経験する可能性があることは、以前から明らかになっている(Nature,2024)。」と紹介されました。

調査結果としての要点としては、

「この分析では、スウェーデンの博士課程の学生全員が精神科の薬を処方され、精神的な問題で入院した割合を調べた。博士課程の学生は修士号取得者よりも精神科の薬の処方率が高いが、一般の人々よりは低いことが分かった。また、博士課程に入学する前の精神科薬の使用率は修士号保持者と同程度であるが、入学後はその使用が大幅に増加し、その結果、平均して、博士課程での研究期間が長ければ長いほど、そのようなサービスを受ける必要があることがわかった。 研究を始めて5年目までに、博士号取得者が精神保健薬を必要とする可能性は、研究開始前の年に比べて40%増加した(Bergvall, S., Fernström, C., Ranehill, E. & Sandberg, A. ,2024)。」


話しを講演に戻すと、順調に進んできた学生にとっては、卒業後の進路が生涯を左右するかのような錯覚に陥りやすいため、大きな不安とともに今いるのは当たり前であること。

勤労経験が少ない中で、自分の向き不向きに対する理解も十分でないことから、選択の失敗に伴う不安が大きいので、研究の総仕上げとともに大きなプレッシャーがかかっていることを伝えつつ、学位取得までのプロセスで得られる社会人能力についてもお話しました。

最後は、進路の選択について、心理療法的なワークも交えることで、少し視野が広がるようなお時間にしました。



日本を背負って立つ若手のHOPEばかりの場で、アカデミアと関係のない人間の話はさぞや退屈だろうな、わるいなぁと思いつつ引き受けた講演でしたが、反応がよく嬉しく思いました。


スウェーデンに限らず多くの国で、アカデミアでのキャリアの成功は、出版物、引用、資金提供、学会への貢献、そして現在では、その人の研究が人々や経済、環境に良い影響を与えるかどうかなど、さまざまな尺度で測られるようになってきています。博士課程学生の精神的不健康は、少なくとも部分的には、成果を測定することに過度に焦点を当てた結果であることも古くから指摘されてきました(Nature,2019)。


この日は一日参加していたのですが、個別にいろいろ悩み事などを相談してくださる方も多く、理系学生にとっては、メンタルヘルスの専門家に直接触れる体験になり、もしかしたら相談へのハードルが下がったかもしれないなと心理師としての役目や在学時に研究資金の支援を受けた教育院への恩返しもできたかなと思いほっと胸をなで下ろしました。


ただし、「この新たな危機に対する解決策は、学内でのメンタルヘルス支援や指導教員に対する研修の充実を図ることだけにあるわけではない。 また、ことを認識することにもある。 研究者に開かれた多くの非学術的キャリアを促進することを含め、システムを見直し、研究における成功を定義するためのより良い方法を見つける(Nature,2019)」必要が指摘されているため、博士課程後期学生の精神的健康のためにできることは、より大きな評価システムの変更も忘れてはいけません。


私のできることは、心理師という専門性を活かし、若手研究者の精神的健康から研究に打ち込めるようサポートすることで、日本の科学技術の発展に微力ながら貢献することかなと思いつつ……


Joint workshopでは、教育院生中に仲良くしていた同期(といってもとっても年下)との再会や、お世話になった教授との再会で楽しいひとときでした。PhD課程中、その後もメンタルヘルスを保っている研究者たちは、共通して研究以外の趣味に没頭する時間や研究室内での人間関係がよく、研究以外の場面でも交流を楽しんでいる点が共通していました。

また、臨床心理学コースからの教育院への研究採択者も増え、とても頼もしく感じましたし、久しぶりに研究に打ち込んでいる後輩との心理の話は刺激が大きく、研究はしんどいけれどアカデミアにもどりたいなぁという思いも生まれました。


遅くなりましたが、このような機会をいただきありがとうございました。


現在PhDの学生さんで、苦しいなと思ったら一人で抱え込まず、研究室の仲間と交流を図りながら、研究を進めたり、気分転換をはかったりしてください。もしも、研究室の環境が良くなく、気軽に弱音を吐いたり、研究について相談できないならば、学生相談室を利用しましょう。学生相談室の心理師は博士号を取得していることも多く、課程中の苦しさ、アカデミアの世界も知っていることが多いでしょう。思ったよりも頼りになる可能性も大きいです。


そして、一人に相談してダメだと諦めないでください。相性が悪かったり、想像と違う対応もあるかもしれません。そのときは、信頼できる人に出会えるよう、あと2人くらいは相談を諦めずに行ってくださいね。


カウンセリングは、人と人の人間関係によって行われる部分がありますので、治療関係・治療同盟をつくれそうな相手との出会いは重要です。


博士論文も大詰めのことと思います。最後の総仕上げ、悔いのないよう取り組んでくださいね。


引用

Bergvall, Sanna and Fernström, Clara and Ranehill, Eva and Sandberg, Anna, The   Impact of PhD Studies on Mental Health-A Longitudinal Population Study

  (June 25, 2024). Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=4920527

Nature 634, 277-278 (2024) doi: https://doi.org/10.1038/d41586-024-03136-4

Nature 575, 257-258 (2019) doi: https://doi.org/10.1038/d41586-019-03489-1

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